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歌舞伎衣装とお水取り法衣にみる『紙衣(かみこ)の着物』

紙衣「歌舞伎の舞台衣装」

紙衣「歌舞伎の舞台衣装」

厚手の和紙を揉み縮め、コンニャク糊や柿渋を塗って仕立てた紙の着物を、「紙衣」という。常設展の展示物は、昭和62(1987)年の近松座定期公演で上演された「傾城(けいせい)仏の原」で、中村扇雀(せんじゃく)丈が実際に着用した歌舞伎衣装。紙衣の生産地として有名な白石(しろいし)和紙(宮城県白石市)が用いられている。

紙衣は、歌舞伎では落ちぶれた境遇を表現する衣装だが、舞台では見た目の美しさを重視するため、通例では本物の紙衣を着用することはない。江戸時代、この演目が出世作となった坂田藤十郎は、紙衣を着て演じたという。扇雀丈は藤十郎を偲び、この時、紙衣の衣装を取り入れた。絹の衣装に比べて紙衣は硬いが、公演後、紙の博物館に衣装を寄贈された折に「肌触りがよく、所作をするにも動きやすかった」と感想を述べておられる。

さて、現在も変わらず紙衣が用いられる有名な行事が、奈良・東大寺の「お水取り」(正式には「修二会(しゅにえ)」)である。毎年2月末から三週間にわたって行われ、この法要の中で参籠(さんろう)する練行衆(れんぎょうしゅう)(僧侶)は、紙衣を着用する。

この紙衣は、毎年、練行衆の手によって作られる。厚手の紙衣紙を揉み、絞り棒に巻き付けて押し縮めて、柔らかくし、寒天を刷毛で塗った紙を何枚も貼り合わせ、寒天を刷毛で塗り、木綿の裏地を付けて着物に仕立てていく。紙衣は、松明の火の粉が飛ぶ中、激しい動きで破れたり、灯明の煤で汚れたりするので、行を終えるとボロボロになってしまう。それでも紙衣を用いる理由は、蚕を殺さず、女人の手を煩わせずに作れるため、仏教の戒律にかなう法衣(ほうえ)であったからである。紙は、古来より神聖なものとされ、特に白い紙衣は「清浄衣」として着用されてきたのである。

東大寺の紙衣は常時展示されてはいないが、企画展示で目にする機会があるかもしれないので、ぜひ足を運んでほしい。

(解説ボランティア 藤原弘教さん)
『紙博だより』第48号(平成23年10月1日発行)より再録

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