館長挨拶

古代、中国で誕生した紙が日本に伝わってから1400年あまり。それ以来、コウゾ・ミツマタ・ガンピなどの靭皮繊維を原料として、流し漉きと呼ばれる独特の技法を確立し、するとともに国内各地で紙が生産され、日本独自の紙文化を発展させてきました。

明治初めには、西洋式機械を備えた製紙工場が王子の地に建設され、日本で初めて本格的な洋紙の生産が始まりました。その後、製紙産業は紙の生産・供給と同時に、環境問題の解決にも力を注いで来ました。

当館は、昭和25年(1950)に製紙記念館として創立し、昭和40年(1965)に「紙の博物館」に改称して以来、長く「かみはく」の愛称で地域の皆様はじめ、多くの方々に親しまれてきました。

2020年には創立70周年を迎え、身近な「紙」をテーマにした博物館として、紙の歴史や文化、素材としての可能性や産業としての持続可能な将来性を、ここ「洋紙発祥の地・王子」より、これからも発信してまいりたいと思います。 皆様のご来館をお待ちしております。

紙の博物館 館長
東剛(あずまたけし)

当館について

紙の博物館では、日本の伝統的な「和紙」、近代日本の経済発展を支えた「洋紙」の両面から、紙の歴史・文化・産業を紹介しています。40,000点の資料と15,000点の図書を保管して展示公開する、世界でも数少ない紙専門の総合博物館です。

紙の博物館は、昭和25年(1950)6月8日、「洋紙発祥の地」として知られる東京都北区王子に設立されました。王子は、明治初期に近代的な製紙工場のさきがけとなった抄紙会社(後の王子製紙王子工場)が設立された地で、”洋紙発祥の地”として知られています。

昭和24年(1949)、占領政策の過度経済力集中排除法によって、王子製紙は苫小牧製紙・十條製紙・本州製紙の3社に分割されました。これを機に、翌昭和25年(1950)王子製紙紙業史料室の資料を一般公開し、広く社会教育に貢献するために、王子工場で唯一焼け残った電気室の建物を利用して、紙の博物館の前身である「製紙記念館」が設立されました。

その後、首都高速中央環状王子線建設によって工場跡地を離れることとなり、平成10年(1998)飛鳥山公園の中に「飛鳥山3つの博物館」のひとつとしてリニューアルオープンしました。現在は、製紙関連の会社を中心に、多くの維持会員会社の協力によって運営されています。

理念

「紙の歴史をたどり、現在を知り、未来を考える」

紙の歴史は古く、人類の歩みに紙が果たしてきた役割は極めて大きいといえます。その紙に焦点を当て、歴史をたどり、現在を知り、未来を考える、そのために紙の博物館では紙に関する資料の収集、保存、調査、研究を行うと共に、その成果を展示公開し、様々な教育普及事業を行っています。

沿革

紙の博物館は、昭和25年(1950)6月8日、「洋紙発祥の地」として知られる東京都北区王子に設立されました。王子は、日本の資本主義の父と言われる渋沢栄一の提唱によって、明治8年(1875)に日本で初めて大規模な近代的製紙工場である「抄紙会社」(後の王子製紙王子工場)が操業を始めた土地です。「抄紙会社」はその後、「製紙会社」、「王子製紙株式会社 王子工場」と名称を変えながら操業を続けていましたが、第二次世界大戦中に空襲に見舞われ、壊滅的な被害を受けました。

昭和24年(1949)、占領政策の過度経済力集中排除法によって、王子製紙は苫小牧製紙・十條製紙・本州製紙の3社に分割されました。これを機に、翌昭和25年(1950)王子製紙紙業史料室の資料を一般公開し、広く社会教育に貢献するために、王子工場で唯一焼け残った電気室の建物を利用して、紙の博物館の前身である「製紙記念館」が設立されました。

→博物館の前身 -王子製紙「紙業史料室」
→初代館長・成田潔英