博物館の前身-王子製紙「紙業史料室」

第二次世界大戦の最中であった昭和18年(1943)10月、博物館の前身となった王子製紙株式会社の「紙業史料室」が開設されました。当時、王子製紙の社員であった成田潔英が実現させたもので、会社創業以来の古文書・資料に加え、成田が戦争中に苦心して集めた手漉き和紙の標本や和洋紙文献・資料が収蔵されていました。

しかし、昭和20年、米軍による無差別空襲によって、王子地域は壊滅的な被害を受け、工場の大部分が焼けてしまいました。奇跡的に戦火を免れた資料を収め、唯一焼け残った電気室を改築して誕生したのが、「製紙記念館」(後の紙の博物館)です。

初代館長・成田潔英

明治17年(1884)、熊本市に生まれた成田は、アメリカのディポー大学を卒業後、日米貿易関係の仕事に携わり、34歳で帰国して王子製紙に入社しました。得意の英語を活かし、海外用品の購入の仕事に従事しました。株式会社千代田組に出向の後、販売課に復帰しましたが、業界は不況の最中で、成田の仕事はありませんでした。考えた末に、成田は和洋紙文献開拓の仕事を提案し、編集事務に就くことになりました。

成田は、処女作となる『日本紙業綜覧』を昭和12年(1937)に著した後、和洋紙に関する著作を次々と発表し、博物館設立を胸に秘めながら、紙業史料室を開設しました。

念願の博物館は、昭和25年6月8日に「製紙記念館」(後の紙の博物館)として開館し、成田は初代館長として就任しました。そして昭和45年以降、生涯に亘って名誉館長を務め、収蔵品の充実、和洋紙界の振興、研究員の育成、国際交流などに尽くしました。