沿革
明治6年(1873)、日本近代経済の父と言われる渋沢栄一の提唱と主導によって「抄紙会社」が設立され、明治8年(1875)に東京・王子で大規模な西洋式製紙工場が開業しました。やがて周辺に製紙関連を中心とした工場が次々と興り、王子は一大工業地として急速に発展しました。
抄紙会社の工場は、後に王子製紙王子工場となり、太平洋戦争末期の空襲で被害を受けて閉鎖されましたが、約70年に亘って稼働し続けたこの地には、記念碑が建てられ、東京・王子は「洋紙発祥の地」として知られています。
昭和24年(1949)、占領政策の過度経済力集中排除法によって、王子製紙は苫小牧製紙・十條製紙・本州製紙の3社に分割されました。これを機に、翌昭和25年(1950)、王子製紙紙業史料室で所蔵していた和紙、洋紙関連の文献・資料を一般公開し、広く社会に貢献するために、王子工場で焼け残った電気室の建物を利用して、紙の博物館の前身である「製紙記念館」が設立されました。
その後、首都高速中央環状王子線建設等によって工場跡地を離れることとなり、平成10年(1998)、飛鳥山公園の中に「飛鳥山3つの博物館」のひとつとしてリニューアルオープンしました。また平成19年(2007)には、当館の収蔵物全体が経済産業省により「近代化産業遺産群」の「構成遺産」に認定されました。現在は、紙関連の会社・団体を中心に、多くの維持会員会社の協力によって運営されています。